大きくの花卉が栽培、育種され古典園芸植物と呼ばれるが、ナデシコもその例にもれず観賞の対象となった。
中国からのトコナツと在来のカワラナデシコが自然に交雑して豊かな変化を生じたともいわれ、一層の品種改良が進められ、宝暦年間にでた『絵本野山草』には「めづらしきなでしこ一重八重十重百重千重数百種あり。
筆につくしがたく又なでしこにて撫子をはなれ物有」と記され、無数の品種が紹介されている。
1838年には江戸でナデシコの花合せ(品評会)が開かれた記録があり、1863年には長谷静香によりナデシコの専門書「撫子培養手引草」が著わされるなど、ナデシコ栽培はキクやサクラソウ、ハナショウブ、アサガオなどと共に非常に盛んであった。